外で遊ぶ

子供の頃はとにかく外で遊ぶことが非常に楽しくゲームなどで遊んだことがありませんでした。小学生の頃は仲間を集めてプカプカのゴムボールで野球をすることが流行っていて、負けたチームは罰ゲームをやったりしていたり、放課後にランドセルを持ったまま友達と一緒に公園で秘密基地を作ったりして過ごしたりしていました。秘密基地で友達とおしゃべりしたり、秘密基地のルールを作ったりして自分達だけの場所を作り出した気がして、その様に過ごした小学生時代はすごく思い出に残っています。

新潟県の祖父母の家への帰省

夏休みと言えば、新潟県の祖父母の家への帰省です。車で8時間位かけて家族5人で、関西から新潟県に向かいます。普段と違って家族の距離も縮まったり、パーキングエリアで遊んだり。祖父母の家では、辺りは田んぼや畑ばかりで都会とは違う空気を楽しめます。夏休みは全国各地に住む親戚達も集まって、スイカを食べたり、クーラーの要らない部屋にたくさんの布団を並べて皆で雑魚寝するのが、今の私にとってとても大切な夏休みの思い出です。

祖母の家

私が子供の頃は、夏休みのほとんどを祖母の家で過ごしました。祖母の家は電車で3時間のところにありますが、夏休みに祖母や親戚に会えること、そして従妹同士が集まる事を毎年楽しみにしていました。従妹達と市民プールに行ったり、朝早くカブトムシ採りに行ったり、おやつを食べながら騒いだり、楽しい思い出は沢山あります。今の時代では考えられない、昭和ならではの自然の中で体験できた遊びの思い出です。

おばあちゃんの家に大集合

親戚のほとんどが商売をやっていたので、夏休みの日曜日には従兄弟や兄弟たち全員がおばあちゃんの家に大集合していました。総勢10人くらいだったかと思います。そして、みんなで野原や川原や畑で、たくさんの自然や生き物とふれあい、走り回っていました。おばあちゃんには、食べられる草を教えてもらったり、レンゲのネックレスの作り方を教えてもらったり、おもちゃなんて何一つなくても、心から楽しかったです。それと、外から帰ったあとに飲んだおばあちゃんの作った甘い麦茶の味がわすれられません。

少年野球

小学校6年生時、私立中学の受験勉強で明け暮れていた時に唯一気休めになっていたことは、少年野球だった。当時6年生部員が4人しかおらず、5年生を含めてようやく野球ができるぎりぎりの人数であった。そのため、試合には参加をしていたが練習は欠席していた。ある大会で監督は、自分を1番バッターとして試合に出した。その試合は1回戦で負けてしまったが、自分の打撃成績やファインプレーを見て陰で努力していた結果が出たね。と敢闘賞を自分に渡した。それが小学校6年生の夏休みで嬉しかった思い出。

夏休みはよく海にでかけました

小学生のころ神戸に住んでいて、夏休みはよく海にでかけました。当時、舞子ノ浜は遊泳禁止だったので、人もいなく海が青緑色に透き通っていて綺麗でした。桜エビやゴカイをえさにして魚釣りをしてよく遊んでいました。子供だったので、群れをなしているふな虫も怖くなく、おかまいなしにテトラポットの先端まで行ってました。魚は小さいけど色々釣れて楽しかったです。食べれない魚はすぐ海にもどして、食べれる魚は家に持って帰り、母親に調理してもらい食べていました。

自転車を買ってもらいました

子供の頃まだ小学5年生の私は夏休みに自転車を買ってもらいました。友達は皆自転車を持っていたのでどこか遠い場所まで行くことになりました。友達四人と自転車を漕いで色々な場所に行きました。見慣れない町並みなどを見ていると楽しくなり、時間を忘れて自転車を漕いでいたと思います。流石に30キロぐらい進んだ時、夕暮れに差し掛かろうとしていました。やはり小学生なので家に帰りたくなり、必死に30キロの道のりをUターンして帰った覚えがあります。家につく頃には20時頃になっていて親に怒られた記憶があります。今となっては懐かしい思い出です。

友達とお祭りに行った

夏休みの一番の思い出は友達とお祭りに行ったことです!小さいころは親から500円もらって、イカ焼きを買ったり、カキ氷を買ったり、なぜか型抜き(1回50円)にハマッたり。中学生になると、浴衣を着ておめかしして男友達も一緒にグループでお祭りや夜店を楽しみました。花火が打ち上がるときに、不意に好きな男の子から手をつながれて心臓が飛び出てくるぐらいドキドキしたのがいい思い出です!その後は結局何も起こらず清いままの仲良しグループのままでしたが。

友達と夜まで遊んで過ごした

毎日、友達と夜まで遊んで過ごしたことです。朝、6時過ぎからラジオ体操のために公園で集合してひと遊び、ご飯を食べたら学校でプールの時間。帰って昼ごはんを食べて、また集合。森にある大きな木の上に秘密基地を作っていました。秘密基地と言っても、木の上に多少のダンボールを積んだだけのものです。男子や違う学年の子ががくると、暴言を吐き追い返していました。そこで、何をしていたのかよく覚えていません。でも、とっても楽しかった光景が今でも思い出します。

プールに家族全員で

夏休みには毎年、プールに家族全員で出かけていました。プールは流水プールで、浮き輪でプカプカ浮いているのが楽しかったです。お盆には祖父母の家に帰っていました。祖父母の家の周りは山と川があって、川の水をそのまま飲んだりしていました。カニを見つけて捕まえたりもしていました。山の方にはクワガタやカブトムシ、オニヤンマなどが飛んでいたので虫を捕まえたりしていました。捕まえたままだとかわいそうなのできちんと逃がしていました。自然体験がとても楽しかったです。

家族でキャンプへ

子供の頃に一番思い出に残っているのは、家族でキャンプへ毎年行ったことです。5人家族でテントを張り、バーベキューや川遊びなど、普段ではできない体験をできる楽しいイベントでした。普段よりも何でも体験させてもらえて、毎回ワクワクしていたのを覚えています。特に、夜遅くキャンプサイトに椅子をならべ、火を囲みながら星空を家族で見たことは今でも心に焼き付いています。

友達と市民プール

小学生の頃の夏休みには、友達と市民プールに行って遊んだり、友達の家に行って、ゲーム(64)などをして遊びました。市民プールに行くことが特に多かったです。中学生にもなると、プールに行くことはなくなり、友達の家に行って、ゲーム(PSP、PS)をして遊ぶことが多くなりました。高校生の時には、友達とカラオケに行くことが多くなりました。友達の家に行って遊ぶこともありました。逆に、友達が私の家に来て、ゲームや趣味についての話をしたりしていました。

母の実家

子供の頃の夏休みの思い出で印象に残っているのは、母の実家がある福岡の祖父と祖母の家に帰省したことです。おそらく、多くの人が同じ思い出を持っていると思います。私が福岡で楽しみにしていたのは、子供ながらに食でした。大人になった今でも福岡は食に関して恵まれているな、と思いますが、子供の時も、福岡の新鮮なお魚を食べるのが楽しみでした。子供ながらに贅沢をさせてもらったなあと思いますが、福岡で食べたお寿司のウニが美味しかったという記憶を今でも持っています。縁があり、今は福岡に住んでいます。ご飯がおいしく思える日々がとても幸せです。

夏休みの間校庭を開放

あれは小学生の中頃でしょうか。私が通っていた小学校は夏休みの間校庭を開放しており友人たちと集まってサッカーやソフトボールなどのスポーツで遊んでいました。私は体力があまりないのでサッカーではいつもキーパーの役割を与えられていましたね。キーパーだと友人たちがフィールドを駆け回ってるのが羨ましく感じることもあります。そこで私はある日、フォワードのポジションをやりたいと主張しました。友人たちも快くそれを受け入れてくれて私は憧れのフィールドに立つことができました。結果としてはボロ負けというのが何よりも見合うものでしたがそれでも楽しかったことに変わりはありません。今ではあの時のような楽しさを感じることもなくなりましたが、憧れを実現させた時の胸の躍りようは今でも覚えています。

おばあちゃんの家

おばあちゃんの家に遊びに行ったこと。それほど山奥の田舎というわけでもなかったけれど、それでもセミ取り(カブトムシやクワガタはいなかったので…)をしたり、おばあちゃんが冷やしてくれたスイカを食べたりしたのが思い出です。それから、泊まりに行ったときは朝ご飯がすごく豪華だったのを覚えています。(多分孫たちがきてるから)大好きな卵焼きやお魚の煮物なんかがたくさん出てきて、朝あまり食が進まないはずなのに、モリモリたべてました。

父親の駐在先のカナダ

小学生2年生の夏、父親の駐在先のカナダにあるモントリオールという都市に一週間ほど旅行に行きました。日本の夏は蒸し暑く蝉もうるさいですが、あちらは比較的過ごしやすい気候で真夏である事を忘れて小学生にしては珍しくゆったりと過ごしました。大きな都市だったので外で一日中走り回るとかではなく、映画を見たりビルの屋上に出てみたり街で売られてるポストカードをみたりと少し大人の世界に触れたような気がした夏休みでした。

1ヶ月以上を祖父母の所で過ごした

祖父母の家に遊びに行った記憶があります。私は祖父母が大好きだったので1ヶ月以上を祖父母の所で過ごした時もありました。祖父母は専業農家をしており、夏休みは丁度スイカやメロンの出荷時期でもありました。朝早く起きて出荷用段ボールを組み立てたり、スイカにシールを貼ったり、等級を示すスタンプを押したりして仕事を手伝いました。最後は軽トラックに積んで祖父と一緒に農協まで運びます。帰宅すると祖母がスイカやキュウリをおやつにくれて、皆で仲良く食べました。

学校行事の海水浴

小学校5年生の夏休みの時、学校行事の海水浴で、生まれて初めて海を見て「でっかい川だなあ」と感じたことや、毎晩枕投げをして遊んだことなどが楽しかった思い出です。宿泊は民家の仕切りのない部屋で、男女合わせておおよそ50人が寝泊まりしていたことを思い出します。そして、毎晩、海で遊んだ興奮でなかなか寝付けなかったことが思い出されます。また、朝は、鶏のように、必ず早く起きる人がいて、とんでもなく早い時間に起こされ毎日寝不足気味で海水浴を楽しんでいたことを思い出します。

田舎の祖父の家

子供の頃の夏休みの楽しい思い出といえば、田舎の祖父の家に行って、きれいな海で海水浴をたくさんしたことです。駿河湾なので、波が穏やかで、海がすごくきれいです。また、風光明媚な伊豆に祖父の家があるので、景色がきれいで、祖父の家の近くの緑の山々を見ているだけでも、気持ちが良く、夜には、天の川がはっきりと肉眼で見えるので、初めて見た時は、小さな星たちが集まって、川のようなっているので、まさしく「天の川」なんだな~と思い、その美しさに見とれました。また、近くに洋ランセンターなど、観光スポットがたくさんあるので、遊びに行ったり、アユ釣りで有名なきれいな川が祖父の家の近くにあるので、魚とりをしたり、川で泳いだり、魚釣りをして、自然の中で思いっきり遊びました。

祖父母と一緒に

夏休みが楽しかったのは小学生の頃で、毎年行っていたのが母の実家で泊まって、祖父母と一緒に遊んでいろんな所に連れて行ってもらった記憶があります。特に印象に残っているのが、自然公園で川遊びやアスレチックなどで遊んだ後に家族みんなでバーベーキューをした事がすごく楽しくて大人になった今でも覚えています。それから毎朝欠かさず行ったラジオ体操や日焼けで真っ黒になりながら学校まで通ったプールも今では懐かしく良い夏休みの思い出です。